古いアパートに引っ越してきて三ヶ月が経った頃、私は人生で初めて、水滴の音が精神に与える影響力を身をもって知ることになりました。それは、仕事の締め切りに追われ、神経が過敏になっていたある深夜のことです。台所から「トクン……トクン……」という、心臓の鼓動をより冷たく、より鋭くしたような音が聞こえてきたのです。最初は、誰かが外を歩いている足音かと思いましたが、耳を澄ますと、それは紛れもなくキッチンの蛇口から放たれる水滴の音でした。蛇口を閉め直そうと立ち上がり、右腕に力を込めてハンドルを回しましたが、すでにそれ以上は一ミリも動かないほど固く締まっています。しかし、私の指がハンドルから離れた数秒後、あざ笑うかのように次の一滴がステンレスのシンクを叩きました。その音は、静寂に包まれた部屋の中で驚くほど大きく反響し、私の集中力を木っ端微塵に打ち砕きました。一度気になりだすと、もう逃れることはできません。パソコンの前に座り直しても、頭の中では次に音が鳴るまでの秒数を無意識にカウントしてしまいます。三秒、四秒、五秒、ポチャン。この無限に続く不毛なリズムに、私は次第に追い詰められていきました。タオルをシンクに敷いて消音を試みましたが、今度は水を含んだタオルが重くなり、蛇口から伝う水がシンク下の収納へと滲み出していないかという新たな不安が募りました。結局その夜、私は一睡もできぬまま、朝日が差し込む頃にモンキーレンチを握りしめていました。ボロボロになった古いパッキンを取り出したとき、そのあまりの小ささに拍子抜けしたのを覚えています。私の平穏をこれほどまでに乱していたのが、わずか直径十数ミリの古びたゴム切れだったという事実に、呆れと怒りが入り混じった感情が湧きました。新しいパッキンに入れ替えた瞬間、世界に完璧な静寂が戻ってきました。あの時の安堵感は、何物にも代えがたいものでした。水道のポタポタという音は、住宅が住人に送る「手入れの催促」であり、それを無視し続けることは、自分自身の心の平穏を削り続けることと同じなのです。今では、蛇口を閉めるたびに一瞬だけ手を止めて確認する習慣がつきました。静かな夜が守られていることのありがたさを、私はあの一滴の音から教わったような気がします。
深夜の静寂を破る水道蛇口の雫と私の孤独な戦い